I Will Catch U

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zwei5 / Pixabay

何とも言えない胸の高ぶりが収まらなかったので、ふと思い立ちドライブに行くことにした。

場所は、今の自分の家から60kmほど離れた大学寮だ。

久し振りに、社会人になったときの原点を見たくて。

 

大学のあたりは交通の便がいい所ではなかったので、早い内にバイトで金を貯めて軽のダイハツ・ミラを2万円で買った。

それが嬉しくて楽しくて、早速大好きなMP3をかき集めて作ったマイベストCDを焼いて、10連装CDデッキ(SANYO製・8800円)にぶち込んで流してた。

クーラーは効かず、550ccの4速マニュアルで、当時でも既に十数年物のポンコツだが、それでもコイツのお陰で色んな所に行けた。

 

就職活動はいつもコイツと一緒だった。

市内に就職活動に行くため、毎日のようにマイベストCDを聴きながら、山を2つ3つ超えて面接や試験に臨んだ。

上手く行かなかったな…とガッカリしながらも、やはり好きなCDを聴きながら山を2つ3つ超えて寮に戻る、そんな毎日だった。

大体、NOKKOのマイベストCDを聴くことが多かった。

 

就職氷河期だったからなかなか苦戦したが、俺だけは運良く就職口が決まり、早めに寮を出ることになった。

寮のみんなに引っ越しを手伝ってもらった次の日。

最後の荷物である自分と布団を車に乗せて出発するとき、残った寮生が見送りしてくれた。

後ろに手を振りながら角を曲がる。

 

その刹那、涙がこぼれた。

 

俺は新しいステージに踏み出したのだ、と。

期待と不安と奮起が混在した、不思議な熱い涙だった。

 

この時、何を聴いてたかな…? 思い出せなかった。


……それから十数年、俺は新卒で入社した会社を辞めて、今んとこダラダラとやっている。

 

毎日予定が無いので、毎日何をやっても良い。

とはいえ生きていくために仕事はしなければいけないので、ずっと家に引きこもってキーボードと向かい合う生活が続いていた。

 

ある日、何かに急き立てられる気がして、大学寮に行って当時の元気を貰いに行くことを、ふと思いついた。

いつもなら窓を締め切ってエアコンを使うところだが、今日は特別。

エアコンは切り、窓を全部開けて風と匂いを感じる。

また、特別に車で煙草を吸っても良しとした。

煙草を持つ手を窓から出して、太陽の熱さを感じながら風を切ると、それが心地よかった。

 

そう、ポンコツ軽にクーラーが無かったときの作法だ。

 

今はミニバンで、オートマなのが興ざめだけど。

自分の指先の瑞々しさが失くなっているのもまた、興ざめだけど……。

 

そ~そ、CDよ!

ダッシュボードに当時のマイベストCDがそのまま積んであったので、迷わずNOKKOを選んでプレーヤーに差し込んだ。

信号待ちの間にPLAYボタンを押してから十字路を左折すると、「I Will Catch U」が流れ出した。

NokkoI - Will Catch U
NokkoI - Will Catch U ようつべより。日本語版がなかったので。

と、前奏が流れると同時に、何とも形容し難い思いが胸の奥から、どんどん、どんどん、あふれ出して……

涙がぽろぽろ、こぼれた。

 

正直、これは涙を流して聴くような曲じゃない。

でもこの気持ち、何と表現したら良いんだろう……どうしても言葉にできない。

 

あっ、寮を出るときの湧き上がる期待を思い出した…大学生の時に戻れたってことなのかな…?

 

いや……違うな………。

2分ほど、今まで感じたことのある感情と突き合わせてみたところ、一つの言葉が出てきた。

「思えば遠くまで来てしまったな(もう戻れないな)」

 

そうか…これだ…。

確かに「I Will Catch U」は俺を頭のなかでは大学生に戻してくれたが、今の俺…視覚と聴覚のリアルはそれをすぐに訂正してしまう。

 

いまさら、寮に行った所で何が起こる?

もう学生時代には戻れないし、あの頃のみんなはもう、いない。

そんなことは分かってる。

では、俺は何のため、そこに行こうとしているんだ?

 

ぐんぐんと、涙の質が変わってきたのが分かる。

 

…それは分からない。

とにかく、行ってみないと分からないんだ。

いつもよりゆっくりと車を走らせ、敢えてバイパスは避けて、むかし就職活動で毎日通った峠道を登ってゆくことにした。

たぶん、ふもとに下りる頃には、何かしらの答えが出ているんだろう。

 

あ、そうか。

あのとき聴いてたのも多分、「I Will Catch U」だったんだ。

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