何とも言えない胸の高ぶりが収まらなかったので、ふと思い立ち、ドライブに行くことにした。
場所は、今の自分の家から60kmほど離れた大学寮だ。
久しぶりに、社会人になったときの原点を見たくて。
大学のあたりは交通の便がいい所ではなかったので、早いうちにバイトで金を貯めて、軽のダイハツ・ミラを2万円で買った。
それが嬉しくて楽しくて、早速大好きなMP3をかき集めて作ったマイベストCDを焼いて、10連装CDデッキ(SANYO製・8800円)にブチ込んで流してた。
クーラーは効かず、550ccの4速マニュアルで、当時でも既に十数年物のポンコツだが、それでもコイツのお陰で色んな所に行けた。
就職活動はいつもコイツと一緒だった。
市内に就職活動に行くため、毎日のようにマイベストCDを聴きながら、山を2つ3つ超えて面接や試験に臨んだ。
上手く行かなかったな…とガッカリしながらも、やはり好きなCDを聴きながら、山を2つ3つ超えて寮に戻る、そんな毎日だった。
だいたい、NOKKOのマイベストCDを聴くことが多かった。
就職氷河期だったのでかなり苦戦したが、俺だけは運良く就職口が決まり、早めに寮を出ることになった。
寮のみんなに引っ越しを手伝ってもらった次の日。
最後の荷物である自分と布団を車に乗せて出発するとき、残った寮生が見送りしてくれた。
後ろに手を振りながら角を曲がる。
その刹那、涙がこぼれた。
俺は新しいステージに踏み出したのだ、と。
期待と不安と奮起が混在した、不思議な熱い涙だった。
この時、何を聴いてたかな…? 思い出せなかった。
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……それから十数年、俺は新卒で入社した会社を辞めて、今んとこダラダラとやっている。
毎日予定が無いので、毎日何をやっても良い。
とはいえ、生きていくために仕事はしなければいけないので、ずっと家に引きこもってキーボードと向かい合う生活が続いていた。
ある日、何かに急き立てられる気がして、大学寮に行って当時の元気を貰いに行くことを、ふと思いついた。
いつもなら窓を締め切ってエアコンを使うところだが、今日は特別。
エアコンは切り、窓を全部開けて風と匂いを感じる。
また、特別に車で煙草を吸っても良しとした。
煙草を持つ手を窓から出して、刺さる太陽を感じながら風を切ると、それが心地よかった。
そう、ポンコツ軽にクーラーが無かったときの作法だ。
今はミニバンで、オートマなのが興ざめだけど。
自分の指先の瑞々しさが失くなっているのもまた、興ざめだけど……。
そ~そ、CDよ!
ダッシュボードに当時のマイベストCDがそのまま積んであったので、迷わずNOKKOを選んでプレーヤーに差し込んだ。
信号待ちの間にPLAYボタンを押してから十字路を左折すると、「I Will Catch U」が流れ出した。
と、前奏が流れると同時に、何とも形容し難い思いが、胸の奥から、どんどん、どんどん、あふれ出して……
涙がぽろぽろ、こぼれた。
正直、これは涙を流して聴くような曲じゃない。
でもこの気持ち、何と表現したら良いんだろう……どうしても言葉にできない。
あっ、寮を出るときの湧き上がる期待を思い出した…大学生の時に戻れたってことなのかな…?
いや……違うな………。
2分ほど、今まで感じたことのある感情と突き合わせてみたところ、1つの言葉が出てきた。
「思えば遠くまで来てしまったな(もう戻れないな)」
そうか……これだ……。
確かに「I Will Catch U」は俺を頭のなかでは大学生に戻してくれたが、今の俺…視覚と聴覚のリアルはそれをすぐに訂正してしまう。
いまさら、寮に行った所で何が起こる?
もう学生時代には戻れないし、あの頃のみんなはもう、いない。
そんなことは分かってる。
では、俺は何のため、そこに行こうとしているんだ?
ぐんぐんと、涙の質が変わってきたのが分かる。
…それは分からない。
とにかく、行ってみないと分からないんだ。
いつもよりゆっくりと車を走らせ、敢えてバイパスは避けて、むかし就職活動で毎日通った峠道を登ってゆくことにした。
たぶん、ふもとに下りる頃には、何かしらの答えが出ているんだろう。
あ、そうか。
あのとき聴いてたのも多分、「I Will Catch U」だったんだ。